今日のハンセン病問題 

-高齢社会復帰者の再入所問題-  伊波敏男

Ⅰ 収容患者への勧奨説得/療養所の実態/療養所内の管理と懲罰

♡勧奨説得
①生活は完全保障、極楽浄土である。
②同病者の共同生活地であり、差別もなく浮浪徘徊の必要もなくなる。
③病気が治癒すればいつでも帰れる。

♥実  際
①終生隔離
②自給自足・園内作業の割り当て➡園内作業約50種
③相思互助のスローガン
④逃送者(自己退所者)の続出
※「自己退所」とは管理当局責任回避の「逃走」の用語表記。特にアジア・太平洋
戦争の戦中・戦後の混乱時に増加している。
⑤療養所内監房
   「懲戒検束権」・療養所所長へ警察権・裁判権を付与
逃走者、管理当局への反抗者、療養生活の安穏を乱す者➡懲罰監房収監
⑥「重監房」(群馬県草津栗生楽泉園)
   ⦿収監者総数 93人➡獄死14人➡出所後病死8人
⑦熊本刑務所菊池医療刑務支所(1953➡1996) 117人が入獄
⑧「特別法廷」問題
⦿わが国の憲法下で「特別法廷」は113回開廷➡95:件がハンセン病関系
2016年(平成28)、最高裁の報告書で「形式的な開廷審査は裁判所法違反だと認め、患者の人権と尊厳を傷つけ、深く反省しおわびする」と発表した。引きつづき最高検察庁もその不当性を謝罪した。

Ⅱ ハンセン病療養所の入・退所資料・(1907~2010)
(※ 以下、ハンセン病療養所入・退所資料は、1970年 森 修一、石井則久共同研究に
依拠し、療養所の入退所によるデータは、同論文を引用する。)

① ハンセン病療養所への強制隔離入所者数 56,575人
② 療養所内死亡者 25,200人
③ 転園者 4,530人
④ 誤診収容者 310人 
⑤ 軽快退所者 7,124人
⑥ 自己退所者・逃走 12,378人➡療養所退所者総数 19,502人
※各療養所の「退所」年報表記
「病毒傳播ノオソレナキモノ」➡邑久光明園/東北新生園/松丘保養園/栗生楽泉園/長島愛生園/大島青松園
「傳染ノ虞ナキモノ」➡菊池恵楓園
「病毒傳染ノ虞ナシト認メ」➡星塚敬愛園
「軽快」➡多磨全生園
その後、全療養所「軽快退所」で統一される。
⦿1956年、厚生省は「菌検査」と二年間の経過観察を必要とする「軽快退所準
則」を各療養所に示達する。しかし、この示達は、特に、入所者に公表・告知
はされていない。

表-1 国立ハンセン病療養所における入退所動向に関する研究(単位: 年・人)   

表-2 ハンセン病療養所軽快退所者(社会復帰者)年次資料(年・人)

表-3 ハンセン病療養所退所者の推移(単位:人)

Ⅲ わが国の高齢化問題

2017(平成29)年➡1923(令和3)年の、わが国の65歳~74歳の人口は、1,767万
人➡1,754万人。総人口比13.9%➡14.0%を占め、75歳以上は1,748万➡1847万人、構成比率では13.8%➡19,4%となる。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年には、65歳以上の総人口に占める比率は35.3%と見込まれている。                     

✿(2017年)  65歳~74歳  1,767万人  総人口構成比13.9%
      75歳以上    1,748万人  総人口構成比13.8%

✿(2040年)  65歳以上 ・・・・・・・・  総人口構成比35.3%

✿ 65歳以上の1人暮らし     ✿65歳以上で子どもと同居
(2010年) 498万世帯        (2001年) 48.4%
     ⇩                ⇩
(2015年) 896万世帯         (2017年) 37.6%

⦿老人福祉法と介護保険法による公・民老人福祉施設

【在  宅】
・ホームヘルプサービス ・ショートスティ ・リハビリステーション
・認知症高齢者グループホーム ・福祉用具給付貸与 ・老人訪問看護

【老人施設】
・特別養護老人ホーム
・軽費老人ホーム
a) 入居条件により介護職員の見守りと食事が提供されるA型
b) 食事提供がないB型がある。入浴施設やトイレが共同利用など
c) ケアハウスは「自立型」と「介護C型」があり、24時間介護が必要な「特定施設入居者生活介護」の指定があり、要介護度が高くなっても、同一施設を利用しつづけることで安心である。
【デイサービス】
   在宅の要介護高齢者が、デイサービスセンターは送迎もあり、食事介護、機能訓練、入浴、リクレーション等の介助サービスが受けられる。他に通い、訪問、泊まりなどのサービスを組み合わせた小規模多機能型居宅介護や看護小規模多機能型居宅介護など、高齢化社会に対応する社会セフティー
ネットサービスは豊富にそろっている。

Ⅳ ハンセン病関係者の人権救済と経済補償

 ⦿ハンセン病関係者への救済制度の発足
① 「ハンセン病患者への補償金」(2001)
② 社会復帰者「給与金制度(以下給与金と表記統一)」2002(平成14)/法(2009)
③ 「非入所者給与金」(2005)
④ 「特定配偶者等支援金」(2015)
⑤ 「家族訴訟勝訴による補償金」(2019)
   ※「給与金」は、収入として租税その他の公租公課から除外され、「家族訴訟」補償金は、課税と老人施設利用料認定除外となる。

⦿「家族補償」補償金申請は、なぜ進まないか ? 
① 「ハンセン病家族訴訟」でも原告568名中、実名原告少ない。
② 補償金 配偶者 180万円  他の近親者 130万円。
対象者 24,000人→申請者 6,431(26.8%/2020/10現)。
  ▲ハンセン病肉親の発覚を恐れている。
▲元患者が自らの病歴を家族に秘匿している。
2023(令和5)6月現在、補償金受給者数は7,771人となっている。

2023(令和5)年5月1日、厚生労働省「ハンセン病問題」への偏見や差別意識の実態を把握するために、全国的な意識調査を初めて行ない、今年度中調査結果を取りまとめ、差別や偏見の解消に向けた施策に取り組んでいくとしている。2001年の「違憲判決から」四半世紀たった今日である。国民意識の調査をする前に、厚生労働省、法務省、文部科学省が一堂に会し、「ハンセン病問題」の社会意識を変えることができなかったのは、どこに問題があったのか、関係行政官庁自らが徹底的に論議し、国民に明らかにするのが先ではないか。国民の「偏見」や「差別」の意識実態調査結果を見て、何をしようとしているのか、後先の順番が違う。以下の現実を見よ! この二つの事実から見えてくるものが、すでに現れている!!
・社会復帰者の再入者が続出している。
・「家族訴訟」の原告、「ハンセン病市民学会」の壇上でも、原告番号で登壇している。

Ⅴ ハンセン病療養所退所者の再入所急増

全国のハンセン病療養所の入所者数は、927人(令和4/5現在)、平均年齢87.6歳となった。「老い」は社会復帰者も同じように直面している。
今、社会復帰した人たちが、ハンセン病療養所へ再入所している者が続出している。
 折角、苦労して一般社会に生活基盤を作って来たのに、なぜ、また、今、自らの意思で再入所するのだろうか。病気の再発ではない。その最大の理由が高齢化への直面である。でも、一般社会の「高齢化」のセフティーネットは、老人福祉法と介護保険法による公設・民営の老人福祉施設があるのに、あえて、なぜ、ハンセン病療養所への再入所を選んでいるのか?

2018(平成30)年6月22日、NHK放映の「時論公論」では、「再入所者」を110人、2019年11月16日の東京新聞は129人、2021年5月11日の読売新聞は、2001年の「違憲訴訟」から現在まで240人、6月6日の朝日新聞は、予防法廃止の
1996以降から2021年迄の再入所者数の延べ人数を313人と報道している。
 
残念ながら「ハンセン病問題」への偏見・差別意識が根深いと言われる、私の身近にある沖縄愛楽園と宮古南静園に、2023年4月現在の再入所者数を問い合わせた結果、
沖縄愛楽園入所者数95人のうち40人が再入所者で、その比率は42.1%を占める。
宮古南静園は37人の入所者のうち22人、59.5%と再入所者となり、沖縄県にあるンセン病療養所の全体では、再入所者が入所者の47.0%を占める、驚くべき実態となっている。
これは、沖縄だけの特殊な現象ではなく、まもなく、全国の療養所でも見られる前兆と見なされる。フランク・キャプラ監督の「スミス都へ行く」の映画ではないが“高齢ハンセン病社会復帰者元の療養所へ戻る”と、くやしさを込めて、私はこう言いたくなる。
その上、後期高齢者保険料負担率が改正されると、益々、その動きは加速されるのは目に見えている。
ハンセン病療養所の介護体制が整備され、法改正により、「再入所」に門戸が開かれ、自己選択で「再入所」が選べるようになったこともあるが、その最大の原因が「給与金」制度の瑕疵によって、引き起こされていることは知られていない。私の体験から、この問題に言及する。

Ⅵ 社会復帰退所者・非入所者の「給与金」制度の発足

2002年、原告勝訴後、ハンセン病患者であった者等が、地域社会から孤立することなく、良好かつ平穏な生活を営むことができるようにするための基盤整備は喫緊の課題であるとして、ハンセン病療養所退所者の福祉の増進、生活安定等を図る目的で、原告・弁護団と政府間で合意され、「退所者給与金」が支給されるようになった。

これまで社会復帰者への制度支援は皆無であったが、「ハンセン病患者補償金」に次ぐ、干天の慈雨にも等しい制度発足となり、「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」(2008)法律条文として明記され、また、退所者が希望すれば、再入所も可能となった。

Ⅶ 老人福祉施設利用と「給与金」の問題点

老後生活に不安を抱えていたハンセン病療養所退所者・非入所者への「給与金」は、その人たちの生活基盤を支える大きな支援制度となった。
国の過ちによる被害の救済制度は、他に「原子爆弾被害者に対する特別措置に関する法
律」(1968)、「公害健康被害の補償等に関する法律」(1973)の補償金制度がある。
老人福祉法では、この二法による被害者補償は、費用徴収対象除外と条文で明記されて
いる。
しかし、「ハンセン病退所者給与金」は,除外対象の条文記載はないため、施設利用料の算定対象となる。ただし、「ハンセン病家族補償」の受給については、厚生労働省の老人福祉課かの地方自治体への通知によって、一時金収入として除外対象となっている。
老人福祉施設利用すれば「給与金」は、どのような問題がおこるのかをまとめると次のようになる。
①老人福祉施設利用には「給与金」は、施設利用料算定対象となる。
②「給与金」は、高額受給のため特別養護老人ホーム利用を申請すると、生活困窮対象認定の緊急性対象者ランクが下がる。
※「給与金制度」は、ハンセン病による過去に受けた人権被害への救済制度であるが、受給している金額が、他の一般的高齢者と比較して、恵まれていると受給者自身が誤認し、高齢者施設時に起る問題に気づいていない。特に問題視しなければならないのは、社会復帰者にこれらの情報告知が不十分である。

では、社会復帰退所者がハンセン病療養所に再入所した時と比較してみよう。
再入所者は入所時、「給与金」は支給停止となる。しかし、障害年金不受給者には、新たに障害年金に相当する162,040(2カ月分)が支給され、医療費・医薬品代は無料となる。高齢者にとって、このメリットは、とても重要な経済的選択基準となる。
支出自己負担は日用品費、図書・新聞代、嗜好品に限られる。
これらの援助体制が用意されて居れば、高齢社会復帰者の療養所再入所が増えるのは、当然と言えるかもしれない。

Ⅷ ハンセン病療養所社会復帰者の老後問題

① なぜ? 社会復帰者は、ハンセン病療養所に再入所するのか?
川田龍平参議院議員のヒヤリングに厚生労働省は、最新の「給与金」受給者数は
870人(令和5年/4現)と回答した。
私の給与金支給通知番号が10000-1の五桁であり、この5桁数の後に付く(-1)は、支給扶養者がなく対象者は1人であることを表す。最初の桁数がピーク時の受給者数とすれば、受給者は一万人以上が受給していたことになる。この20年間に「給与金」受給者の約9割が、死亡、もしくは、療養所へ「再入所」していることになる。
ハンセン病療養所は、介護施設としての整備はすすめられており、医療体制は、ハンセン病後遺症の外科的対応以外の重病には、地域の医療ネットワークで対処できる体制になっている。
何の支援制度もない時代、苦労して社会復帰し、生活基盤を造ってきた人たちが、なぜ、再入所しているのか、私が考えられることは、以下の8点にまとめられると思う。
①再入所で将来の経済的不安の解消
②後遺症の医療不安 
③差別や偏見への恐れ
④同じ病歴者の中で、老後は精神の平安を求める
⑤高齢化による健康不安 
⑥老々介護への不安
⑦単身家族で高齢化後の不安
⑧一般老健施設から病歴による入所忌避

② 一般高齢者施設利用時の経済的負担
私は、社会復帰者としての生き方を、社会の中で普通に暮らしたいとの願いを持ちつづけてきた。従って、健康保健、厚生年金保険、労働保険を、プラチナカードのように大切なものとして活用して来た。
個人的な事を発端に、社会復帰者が健康保険証を利用し、普通の医療機関で気兼ねな
しに、後遺症の治療を受けられないか奔走したところ、成田稔元全生園園長(前国立ハンセン病資料館館長)がベトレヘム園病院(東京都清瀬市)、橋爪長三元長野県リハビリテーションセンター長・1981(昭和56)・特定医療法人新生病院(長野県小布施町)のお二人のご尽力により、入院治療先として確保をしていただき、多くの社会復帰者が、周囲に病歴を明かすことなく、安心して後遺症の治療を受け、社会生活を継続できていたことを記録して置きたい。

健康保険証で私の老後の生活基盤は、「給与金」、「厚生・老齢厚生年金」、「国民・障害基礎年金」によって維持されている。
そして、老人介護施設入所時、「給与金」の問題点が、はじめて見えてきた。
「給与金」は、施設利用料算定対象となり、高額所得者として、利用料は高位に認定された。その結果、後期高齢者医療保険料、介護保険料、医療・薬剤費支出と、文化教養費、嗜好品、日用品費支出等で、経済的に不安に襲われる、幸いにして、私は厚生年金を受給しており、ゆとりある老後生活とは言えないが、もし、国民年金だけが頼りとすれば、高齢社会復帰者は、再入所の道に向かわざるを得ない。その上、令和4年から、後期高齢者医療保険料負担が、所得水準によって1割負担から2割負担になり、更に年間所得負担のハードルが、低くなる法改正が執行されようとしているので、不安は尽きない。
高齢者にとって医療・医薬品費負担は、生活支出の上位を占める。歳を重ねると健康上の疾患に次々と襲われる。基礎疾患が高齢者を苦しめるようになる。

Ⅸ 元ハンセン病療養所への再入所を望まない社会復帰者への政策提言

 「給与金」問題を提起すると、返って来る厚労省や社会からの反応は、「これ以上、何を望むのだ!!」と、いう拒否反応がある。
ここで、ハンセン病社会復帰者への「給与金」制度が、なぜ、生まれたかを冷静に考える必要がある。
国の政策の過ちによって、療養所と言う特別な場所に、強制的に隔離されていた人たちが、医学上病気が治り、隔離された場所から、普通社会に戻り、病歴を明かせば、共に生きることを忌避される「ハンセン病」への偏見が渦巻く、社会状況にあった。
それでも隔離を拒否し、普通社会で人生を送り、人間の尊厳を取り戻したいと、前歴をベールで隠し、ひっそりと生きて来た人たちが「社会復帰者」と呼称されている人たちである。その間、その人たちへの援助はほとんどなかった。
2001年、「ハンセン病違憲国家賠償訴訟」で原告が勝利し、わが国のハンセン病政策は、180度転換を求められた。その結果、ハンセン病被害者に、国は賠償金が支払い、国民へは、「国家政策のあやまちを明らかにし、ハンセン病への偏見や差別をなくし、共に生きていく社会にしましょうと呼びかけた」。
そのとき、問題になったのが、これまで、何の援助もなく社会生活をしてきた「社会復帰者」が、検討対象になり、「給与金制度」の発足したのである。
その支給額は8ページに掲示しているが、厚労省の認識では、ハンセン病被害者への賠償・支援は充分やりきった。再入所問題と関連して退所者の「給与金」問題を提起すると、「給与金」は年金支給であり、「今さら何を!これ以上何を望むのか!」と、拒否反応を見せる。
私は「給与金」問題と再入所問題が関連して、この論文の中心問題として、Ⅳ章からⅨ章の中で論述している。
もし、社会復帰者の再入所の誘引原因が、「給与金」による経済的な理由であるならば、この制度の問題点を洗い出し、本来の社会復帰者が、老後も不安なく、これまで生きてきた、いわゆる「一般社会」で生涯を過ごせるように図るべきである。
折角、人間の尊厳が保てる社会で、生活基盤を作ってきた社会復帰者が、老後問題に直面して、元の療養所に向かざるを得ないのは、政府が目注す社会統合政策とも違背する。
現在の社会復帰者の「給与金」受給者は、942人(令和4)である。後10年もすれば、ほとんど、天寿を全うするでしょう。
せめて、この人たちが残り少ない人生を、本人が望めば、一般の老人施設で、人生の終末を迎えさせるのが、為政者の為すべきことではないか。
政策を立案執行している官僚のみなさんに問います。
胸に手をあてて考えてみてください。
あなたが、もし、過去に、あなたの人間の尊厳が奪われた地を、人生の幕引きの地として選びますか?
 
では、どうすれば、社会復帰した人たちを、国が目指す「社会統合」を維持し、元のハンセン病療養所への再入所ではなく、一般老人福祉施設で、安心して介護を受けられるようにするには、どうすれば、実現できるのか?

【提言です】それは、老人福祉課から、各自治体への一枚の通知で解決するのです。

——「給与金」を老人福祉施設利用時の利用料算定対象から除外する——

専門家でない、私の試算では、
176,100円(月額)×12×870人≒18億4千万円
現在、社会復帰者に支給されている「給与金」総額は、上記額と推定されます。私の主張は、新たな財源支出を求めているのではなく、今、支給されている「給与金」を社会復帰者が老人福祉施設入居を希望した時、「給与金」を費用徴収認定対象から除外してくださいと提案しているのです

年々、高齢社会復帰者は減少し、「給与金」受給者も減ります。「社会統合」という国家政策も、社会復帰者が安心して、老後を迎えることができる。その上、療養所入所より、ひとりあたり、国家予算支出も少なく済みます。試算してみてください。

Ⅹ ハンセン病関係者の社会統合政策の失敗!!

「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」(平成20年法律82号)の前文で、高らかに次のように宣言した。
 「国の隔離政策に起因してハンセン病の患者であった者等が受けた身体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる被害の回復には、未解決の問題が多く残されている。とりわけ、ハンセン病の患者であった者等、地域社会から孤立することなく、良好かつ平穏な生活を営むことができるようにするための基盤整備は喫緊の課題であり、適切な対策を講ずることが急がれており、また、ハンセン病の患者であった者等に対する偏見と差別のない社会の実現に向けて、真摯に取り組んでいかなければならない」

法律が掲げた理念は、「ハンセン病元罹患者」の社会とのインテグレートを目指したのであり、ハンセン病療養所への「再入所」ではないはずである。経済的理由により、療養所に再入所を選ばせてはならない。
 「給与金」制度の制定は、ハンセン病退所者が高齢になることを想定していない、法律制定の瑕疵と断定せざるを得ない。
 制度瑕疵が社会統合に障壁となり、社会復帰者を「再入所」へ誘い込む……。これは見逃してならない問題である。
ほとんどの社会復帰者が高齢期を迎え、終末地をどこで、どのように送るか老後を送る地を「人間の尊厳を奪われた地」か「経済的に不安のない地」かで、選択を迫られている。

皆さんにお聞きしたい。人生の中であなたの人間としての尊厳が奪われた地。または、具体的な事例では、今、勇気ある人たちが動き出した「ME TO」運動の被害者が、被害を受けた地に、心を穏やかにして立つことはできないでしょう……。ましてや、その地を終生の場にすることはあり得ないと思います。

ようやく、国の法律や制度の整備で、奪われた人生を取り戻し、「普通の国民」の仲間入りを許されたと思ったら、人生の終末期を、何処で送るかの「踏み絵」が待ち受けている。こんな不条理が許されるべきではない!

ハンセン病を病み、人生を奪われた人たちの中に、ふたたび死語になっていた言葉が、蘇って来た

『外(一般社会)で生きるか? 内(療養所)に還るか?』

国策や社会の過ちによって「烙印」を背負わされ、過酷な人生を歩んできた人たちが、お隣さんとの茶飲み話で、何のわだかまりもなく、
「私、かつて、ハンセン病を患いましてねー・・・」と、話せる日は来るのだろうか。

後世の歴史検証で、「ハンセン病問題と退所者再入所問題」が、わが国の社会史に、どのように記録され、語り継がれるのだろうか? 

                                                                                  
2023年5月